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おうちでお仕事(したい)!

結婚を機に、在宅ワークでWEBデザインの仕事をするべく一念発起!日々の勉強記録と行動記録をしていきます。目標は2016年中にタイトルの(したい)をとること!

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日々の勉強記録と行動記録をしていきます。
目標は2016年中にタイトルの(したい)をとること!

東京でやたらと人にぶつかることについて考える

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通勤途中で改札を通って中に入ろうとしたところ、改札前で進行方向から歩いてきた男性に、こめかみに向かって思いきり肘鉄をくらわされたので、改めて東京ではひとにぶつかるし都会こわい……となった今日の朝。


痛いとかそういうことはないのですが、衝撃がすごい。
私が使っている駅は改札前に柱があるのですが、そこを通り過ぎようとしたところ、改札から出てきた男性が柱の方に向かって鋭角に早足で歩いてきたんですよね。右に柱、左斜め前からは男性が鋭角に突っ込んでくる、という形。どう考えても避けられないのに、男性は進路を変えることなく突っ込んできて、思いっきりぶつかりました。私の背が低いこともあり、大きく振られた腕がわたしの頭に直撃。肘がこめかみにクリーンヒット。
私がよろめいたにもかかわらず、男性は見向きもせずに去っていきました。もちろん謝罪なし。


もう、呆然としますよね……。
え、私が悪かったのか……?いやいや避けられないだろあれは……。


東京に来て3年ですが、いまだに毎日数人の方とぶつかります。主に駅。
確かにぼんやりしてることもあるけど、私、そんなにどんくさいか……?と不安に思い、検索した結果が冒頭の写真です。なんだ、みんなぶつかってるんじゃん。と、ちょっと安心。私がどんくさいわけじゃない!


しかしまあ、「東京 ぶつか」まで入れただけで、「東京 ぶつかっても謝られない」と出るあたり、東京の闇は深いなあと……。
確かにこの3年間毎日のようにぶつかってますが、ぶつかって謝られたこと、数えるほどしかないかも。私は反射的に謝ってしまう癖がついてしまっているので、自分が誤ってぶつかってしまったときだけでなく、今日のように思いきり向こうがぶつかってきたときも「すみません」と言ってしまいます。小心者。


ぶつかられたもやもやをなんとかするために、同じような経験をしている人のブログなどを読んだのですが、この方がおっしゃっていることがすごく共感できるなあ、と思いました。


そう、もはや東京はそういう「文化」なんですよね。
ぶつかっても気にしない。気にしないから謝らない。避けることも謝ることも必要性を感じない。だってそれが「普通」だから。


別の文化圏から来た人間としては、それはとてもさみしいなあと思うのですが、郷に入れば郷に従えと言いますしね……。東京にいる限り慣れるしかないんでしょうね。
東京にはいろんな地方から人が来ているはずなのに、みんなどうして気にしないんだろう?と思っていたのですが、みんな文化と折り合いをつけてきたのかもしれませんね。


……私にはできそうにないですが!


すぐに謝る日本人はよくない、って言葉も時々聞きますが、それで円滑に物事が進むこともあると思うんですよね。
ぶつかったときにすぐに「ごめんなさい」「すみません」という言葉がお互い出てくれば、すっと水に流して気持ちよく過ごせると思うんです。
ぶつかったのに無言だったり、見向きもしなかったり。当たったことはわかっているはずなのに瞬時に「なかったこと」になっているのって、なんだかかなしいしさみしいなあと。

あれ?私もしかして透明人間??

とか思ってしまうことも多々あります。
そういうことが続くと、都会の人混みが余計に怖くなってくることも。
人がたくさんいるのに孤独、という状態を極めていくことになって、自分の存在が危うくなる気がするんですよね……。


みんな、もっと周りのことを見たらいいのに。
ここにいるのはあなただけでも私だけでもないんですよ。
周りの動きや気持ちを見つつ生活すれば、もっと気持ちよく過ごせるようになりますよ、きっと。
文化が違うのだったら、なかなかわかってもらえない主張かもしれないけれど。


地元だったらここまでぶつかることなかったけどなあ。
観光客が多い場所だったので、決して人が少ないわけではなかったけれど、みんな観光客の動きや多さは織りこみ済みだったから、察して動いていたような気がします。離れたことで美化されている感もなくはないですが!


そんなこんなで、今日も郷愁にかられていくのでした。